2023年10月1日から、日本において消費税の仕入税額控除の方式として、適格請求書等保存方式、いわゆるインボイス制度が開始されました。風俗業界でも、インボイス制度への対応検討が必要です。一部の風俗店では、キャストへの報酬を、消費税の計算上「仕入」として扱い、売上にかかる消費税から仕入にかかる消費税を差し引く「仕入税額控除」を行っています。
当記事では、インボイス制度が風俗経営に具体的にどのような影響を与えるのか、また事業者が取るべき対策について解説します。
インボイス制度は、複数税率に対応した消費税の仕入税額控除の仕組みです。課税事業者が仕入税額控除を受けるためには、「適格請求書(インボイス)」と呼ばれる一定の要件を満たした請求書などの保存が必要です。
適格請求書には、以下の項目が記載されています。
※インボイスは書面だけでなく、電子データでの保存も認められています。
※領収書や納品書であっても、必要な記載事項を満たしていればインボイスとして扱われます。
課税事業者が仕入税額控除を受けるには、取引相手から交付されたインボイスを保存することが原則です。インボイスがなければ仕入税額控除は認められません。
インボイスを発行できるのは、「適格請求書発行事業者」として税務署に登録した課税事業者に限られます。課税売上高が1,000万円以下の免税事業者は、原則としてインボイスを発行できません。ただし、免税事業者からの仕入れについては、制度導入後の急激な税負担増を緩和するため、経過措置が設けられています。2023年10月1日から2026年9月30日までは仕入税額相当額の80%が控除可能となり、2026年10月1日から2029年9月30日までは50%の控除が認められます。この経過措置の適用を受けるためには、一定の事項を記載した帳簿と請求書などの保存が必要です。
多くの風俗店では、従業員としてではなく、個人事業主である性風俗従事者(風俗嬢)に業務を委託する形で経営が行われています。風俗嬢は、課税売上高が1,000万円以下の免税事業者である場合が多く、インボイス発行事業者としての登録がないことが一般的です。
インボイス制度導入後、風俗店はインボイス発行事業者として登録していない風俗嬢に支払う報酬について、経過措置期間を除き仕入税額控除を受けられなくなります。人件費は風俗店の主要な経費の1つであるため、この影響は非常に大きいと考えられるでしょう。
たとえば、売上が税抜1億円の風俗店が、風俗嬢への報酬として税抜6,000万円を支払っていたとします。これまでは、報酬に含まれる消費税600万円を、売上にかかる消費税1,000万円から差し引き、納税額を400万円とすることができました。しかし、インボイス制度導入後、風俗嬢がインボイス発行事業者でなければ600万円を差し引けなくなり、風俗店の消費税負担が600万円増加する可能性があります。
このような状況に対し、風俗店が風俗嬢に対してインボイス発行事業者としての登録を促すことも考えられるものの、多くの風俗嬢は免税事業者であるため、登録には抵抗があると考えられます。
接待など法人関係の利用が多い風俗店の場合、インボイス発行事業者としての登録が顧客企業側の消費税負担を軽減し、経費計上を容易にする可能性があります。企業は、経費処理にインボイスを必要とするため、インボイスを発行できる風俗店は有利になると言えます。
他には、同じエリア・同条件の店舗であれば、インボイス登録をしていることで顧客に安心感を与え、社会的な信用を得やすくなる効果が期待できます。看板などで「適格請求書発行事業者登録店」であると示すことで、集客につながる可能性があります。
インボイス発行事業者になると、これまで消費税の納税が免除されていた免税事業者(課税売上高1,000万円以下)でも、消費税の納税義務が生じます。また、適格請求書の発行や保存、消費税の申告・納税など、経理業務が複雑になります。
消費税の納税義務が発生した場合、値上げなどの価格設定の見直しが必要となり、結果的に顧客離れを招く可能性もあります。
課税売上高が1,000万円を超える場合は、消費税の納税義務があるため、インボイス登録をするほうがよいでしょう。特に、キャバクラやラウンジ、スナックなど、接待利用の多い風俗ジャンルの場合は、インボイス登録事業者になると集客効果が期待できます。
反対に、課税売上高が1,000万円以下の場合で、主な顧客が一般の個人である場合、顧客がインボイスを必要とすることはほとんどないため、インボイス発行事業者になるメリットは少ないと考えられるでしょう。このような風俗ジャンルにはソープランドやデリヘル、風俗エステなどが挙げられます。また、課税事業者になることで消費税の納税義務が発生するため、課税売上高や利益を考慮し、納税負担が可能かどうかを検討する必要があります。
風俗店が行うインボイス制度への対策は、その店の経営状況や顧客層、従業員の状況によって異なります。まず、年間の課税売上高が1,000万円以下の場合は、引き続き免税事業者を選択できます。消費税の納税義務がなく、事務処理の負担も少ないのがメリットです。
課税事業者になる場合は、税務署に「適格請求書発行事業者の登録申請書」を提出し、登録を受けることで、適格請求書を発行できるようになります。消費税負担が増えるケースが多いため、以下のような対策を講じるようにしましょう。
課税事業者となった風俗店が消費税の負担増に対応したい場合は、料金を値上げすることで、増加する納税額をカバーできる可能性があります。
しかし、料金の値上げは「顧客の利用頻度を減らす」「競合店への顧客流出を招く」などのリスクがあります。特に、個人顧客が中心の店舗では、価格変動に敏感な顧客が多いため、慎重な判断が必要です。そのため、値上げを実施する際はその価格に見合うだけの質の高いサービスを提供し、顧客満足度の向上に取り組むようにしましょう。
風俗店が課税事業者となり、納税負担の増加を「風俗嬢のバック率を下げる」「雑費を徴収する形で調整する」などで対応する場合、風俗嬢の手取り収入は減少します。風俗店側の負担は減りますが、風俗嬢は給料が減ることでモチベーションが下がり、退店につながる恐れがあります。
ただし、風俗嬢にインボイス発行事業者としての登録を勧めることは、慎重に検討すべきです。風俗嬢がインボイス登録をした場合、課税売上高が1,000万円以下でも消費税の申告と納税義務が生じるため、多くの風俗嬢にとって負担増となります。そうしたことから、実際に風俗嬢がインボイス発行事業者になる可能性は低いと考えられます。
そのため、風俗嬢にはこれまで通り免税事業者として働いてもらい、店舗側が経営を維持する努力をするのが理想と言えます。可能な限り風俗嬢の報酬水準を維持し、料金設定の見直しや経費削減によって、店舗側が納税負担を吸収する努力が求められるでしょう。
インボイス登録を受けると適格請求書を発行でき、仕入れにかかった消費税額を控除することが可能です。年間の課税売上高が1,000万円以下の事業者は免税事業者となり、消費税の納税義務がないため、原則として適格請求書を発行できません。
風俗店において、課税売上高が1,000万円以下で免税事業者のままでいたい場合は、インボイス発行事業者になる必要性は高いとは言えないと考えられます。法人顧客がメインでインボイスの発行を求められる機会が多い場合や、取引先との関係維持を重視する場合は、インボイス発行事業者になることを検討するとよいでしょう。